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36歳、タイで不妊治療体験。採卵からPGT-A、2回の移植までの記録

36歳、タイで不妊治療。採卵からPGT-A、2回の移植までの記録

駐在先で不妊治療を始めるかどうか、迷っている方は少なくないと思います。日本に帰って治療するべきか、海外で挑戦するべきか。判断したいけれど、そのための情報がそもそも見つからない。

今回は、バンコクで実際に治療を受けて妊娠された、まゆみさん(仮名・36歳)にお話を伺いました。顕微授精で採卵し、2回の移植を経ています。1回目は化学流産でした。

タイで治療をすると決めるまでに何を考えたのか、どこで迷ったのか。ご主人との温度差まで、率直に話してくださいました。

目次

結婚9年目、36歳で不妊治療を決意

結婚して9年。ゆるく妊活はしていたけど、なかなか子どもができませんでした。子宮の検査や内診も受けましたが、不妊の原因になるようなものは特に見当たらなくて。夫の出張が多く、タイミングを合わせるのも難しかった。お互いに「夫婦ふたりでも楽しいよね」と話していました。

2024年、夫の駐在でタイへ。そこから1年半くらい経った頃、友人の妊娠報告が続きました。もちろんうれしい。でも、「私はどうしたいんだろう」って。

年齢を重ねるにつれて焦りも大きくなってきて、いろいろ考えた末に、「やっぱり子どもがほしい」と思いました。

そのとき、私は36歳でした。自然妊娠はもう難しいのかな……と悩んでいたところ、アメリカ在住の友人から、「不妊治療で子どもを授かった」と聞いたんです。そうか、海外でも不妊治療ができるのか、と。

不妊治療は高額で、海外じゃ保険もきかないイメージがあったけど、調べてみたらタイでもできそう。それなら私も、本腰を入れてやってみようと思いました。

夫に相談すると、当初はそこまで前向きではありませんでした。カップルチェックアップも「自分は問題ない」と言って、なかなか受けてくれなくて。夫婦間で、治療に対する温度差がありましたね。

最初の病院に感じた違和感。友人の紹介でSAFEへ

2025年の夏、バンコクで有名な病院の産婦人科を受診しました。もともと私は卵巣に疾患があって、妊娠すると破裂する可能性があると聞いていたので、まずは状態を確認したいと思ったんです。すると先生に「先に手術をして、そのあと不妊治療を始めましょう」と言われ、10月に手術を受けました。

不妊治療もその病院でするつもりでした。でも、少しずつ違和感が出てきたんですよね。大きな病院で患者さんも多く、診察のたびに先生が変わって、看護師さんも忙しそう。産科と婦人科が一緒なのも、正直、抵抗がありました。

決定的だったのが、保険の手続きについて看護師さんに相談したときのことです。「保険は難しい」「そこまで対応できない」と言われてしまいました……。

そんなとき、友達が「SAFEってクリニック、知ってる?」と教えてくれたんです。彼女はそこで不妊治療をして妊娠したとのこと。そこからSAFEの情報や体験記事を調べはじめました。

その秋、LINEでSAFEに問い合わせました。すると、すぐに日本語で返信が。ざっくりとした治療費の見積もりを教えてもらい、さらに「保険申請も手伝います」とのこと。質問にも一つひとつ丁寧に答えてくれて、「ここがいい」と直感的に思いました。

初めてSAFEに行ったのは、2025年の暮れです。院内はきれいで清潔感があり、受付のスタッフさんも優しい。ピリッとした感じもなく、全体的に柔らかな印象でした。

待合室で、噂に聞いていた「お菓子や飲み物を自由に楽しめるコーナー」を見つけたときは、「本当にある!」とテンションが上がりました(笑)。

その後、カウンセリングへ。担当の先生は穏やかで優しい女性で、モニターを見ながら「卵胞はちゃんと育っていますよ」と声をかけてくれました。治療プランについても、スライドを見ながら丁寧に説明してもらいました。

「卵胞がなかなか育たない…」採卵で焦る私に通訳さんがくれた言葉

SAFEに通いはじめて、すぐに夫婦でカップルチェックアップを受けました。私は特に問題なし。一方、夫は精子の数や形について、少し指摘がありました。ただ、それが不妊の原因だったのかは、今もわからないままです。

長いこと自然妊娠しなかったことを伝えると、「最初から体外受精でいいと思う」と先生から言われました。正直、タイミング法や人工授精をスキップするのは抵抗がありました。でも夫と相談して、「成功率が上がるなら」と挑戦することに。

体外受精と顕微授精は同額だったので、顕微授精を選びました。

採卵では、毎日の注射が本当に苦手でした。ちゃんと針は刺さっているのか、薬は入っているのか……。自宅だと心配なので、毎日病院に通いました。ホルモン剤の影響でお腹は張るし、体重も増えるし。

何より、卵胞の成長が遅かった。注射をしてもなかなか育たなくて、「どうしよう」って。気持ちにも余裕がなくなっていました。

そんなとき、通訳さんがこんな言葉で寄り添ってくれました。

まゆみさんのペースでいいんだよ。

私は何をするにもワンテンポ遅いというか、のんびりしていて。「卵胞が育つのも私のペースなんだ」と思えたら、肩の力が抜けました。

いつLINEをしてもすぐに質問に答えてくれて、保険の申請では領収書を整理してくれたり。治療以外のことでもたくさん支えてもらって、本当に心強い存在でしたね。

採卵から凍結、PGT-Aまで

採卵では23個の卵が採れて、そのうち16個が受精。12個が育ち、最終的に8個を凍結してPGT-Aを受けました。

今回の採卵・検査の経過

  • 採卵:23個
  • 受精:16個
  • その後育ったもの:12個
  • 凍結してPGT-Aを受けた胚:8個
  • 検査結果を受けて移植に使わなかった胚:4個

そのうち4個は、染色体に異常がある可能性を示す結果だったため、移植には使いませんでした。

PGT-Aの検査費用は高額で、すべて自己負担です。「命の選別」という考え方もあると思います。でも私たちとしては、ここまで治療するなら、できる限りのことをしたかった。染色体の問題などで流産する可能性のある胚を、できるだけ移植したくなかったんです。

不妊治療に消極的だった夫が、少しずつ変わっていった

私が採卵でつらい思いをしていても、治療について調べたことを説明しても、夫はどこか他人事のような感じでした。「確率が上がるなら、胚を2個移植しよう」と言うけれど、本当にそのリスクまで理解しているのかな、と。

最初のころは、ほとんど通院にも来てくれなくて。そんな様子を見て、通訳さんや先生からも「旦那さん、いつ来るの?」と言われるようになりました。

夫との距離が少し縮まったのは、PGT-Aで精子の検査も必要になり、久しぶりに一緒に来院したときです。夫が検査を受けている間、通訳さんが「このあと話してあげるね」と声をかけてくれました。

夫が戻ってくると、通訳さんが「2個移植すると妊娠の可能性は上がるけれど、双胎妊娠には早産などのリスクもあります」と説明してくれました。特に私は初産で、体格も小さかったので、双子になることへの不安が大きかったんです。

さらに、「奥さん、すごくがんばってるよ。最近つらそうじゃない?」とも伝えてくれて。すると夫が、「そういえば、注射を始めてからしんどそうで、気持ち悪いと言っている日もあった」と話しはじめました。

その後、先生や通訳さんが「次の予約は旦那さんがお休みの土日にしよう」と提案してくれて、夫も少しずつ一緒に来てくれるようになりました。私の体調も、以前より気にかけてくれるようになったんです。

夫婦で改めて話し合い、2つの胚を移植することに。少しでも成功率を上げたいという思いがありました。双子ママから「タイならナニーさんに頼ることもできるし、大変さは2倍だけど、幸せも2倍だよ」と言われたことも、背中を押してくれました。

化学流産を乗り越え、2度目の移植で妊娠

1回目の移植。妊娠反応のあとに化学流産

2026年5月、1回目の移植をしました。1週間後の着床判定では妊娠反応が出たものの、hCGの数値が低く、「追加で注射をして様子を見ましょう」とのこと。

嫌な予感がしました。次の検査では数値が少し上がったものの、3度目の検査でゼロに。化学流産でした。診察室で泣き崩れて、「何がいけなかったんだろう……」と、ぐるぐる考えていました。

残りの胚は2つ。これがダメだったら、また採卵です。不安そうな私を見て、先生が「治療の間隔を空けて休んでもいいのよ」と言ってくれました。

でも、ここで休んだらもうダメかもしれない。そう思って、クリニックからの帰り道、BTSのホームで「このまま続けます!」と通訳さんにLINEしたのを覚えています。

先生は、「次の生理が来るまでは、マッサージに行ったり、食べたいものを食べたり、好きなことをして過ごしてね」と声をかけてくれました。それでも、なかなか自分を甘やかせなかったですね。

2回目の移植。ようやく喜びを噛みしめられた

翌月、残り2つの胚を移植しました。1週間後、血液検査の結果を待つあいだ、もう緊張で心臓が口から出そうでした。

結果は陽性。2つのうち1つが着床していて、hCGの数値も前回とは比べものにならないほど上がっていました。

それでも、毎日のようにネットで検索して、「赤ちゃん、大丈夫かな」と気が気じゃなかったです。その後の3度目の検査で、hCGの数値がきちんと伸びていることを確認できたとき、ようやく喜びを噛みしめました。

今日で妊娠16週。つわりはまだぬるっと続いていますが、赤ちゃんが元気に育っているのがうれしいです。保険の申請も、今のところ順調に進んでいます。

「今までもずっと幸せ」夫の言葉に救われた

SAFEで治療を受けて、本当によかったです。妊娠できたことはもちろん。だけど、治療を通して、夫と向き合えたことも大きかった。

2回目の移植のあと、着床出血もないし、お腹がチクチクする感じもない。「今回もだめかも。もう精神がもたない……」と弱音を吐いていたら、夫がこう言ってくれました。

今までもずっと幸せだった。子どもができてもできなくても、幸せな生活が続くだけだよ。

ハッとしました。妊娠することだけを目標にしているうちに、これまでの幸せまで否定してしまったのかもしれない。それと同時に、夫がそんな言葉をかけてくれたことにも驚きました。

最近では、仕事を早めに切り上げて妊婦健診にも来てくれます。夫婦でこれからの人生について考えられたことも、私にとって意味のある時間でした。

最後まで読んでいただきありがとうございます🙏✨

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